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最高裁判所大法廷 昭和23年(つ)15号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は別紙添附抗告状のとおりである。本件抗告をなすに至った経過を記録によって見るに旭川地方裁判所における被告人大滝栄外十五名に對する昭和二十三年政令第二百一號違反被告人田村辰雄に對する同教唆各被告事件の昭和二十三年八月二十八日の第一回公判期日において、右被告人等の辯護人である抗告人等は裁判所に對して右被告事件の根據法令である昭和二十三年政令第二百一號は無効であり被告人等に對して適用すべき罰則がないことを理由として刑事訴訟法第三六四條第六號に基いて公訴棄却の決定を求め、同年同月三十一日第二回公判期日において裁判長は合議の上右辯護人の主張事実は刑事訴訟法第三六四條第六號の場合にあたらないから公訴棄却の決定はしない。政令の効力に關しては最終判決においてこれを判斷すると述べ事実審理に入ると告げ、被告人等に對し被告事件を告げ本件について陳述すべきことがあるかどうかを問ふた。そこで抗告人は裁判所が本件政令の有効無効について何等の判斷をなさずに事実審理に入ることは憲法に違反するものであるとして裁判長の右訴訟指揮に對して異議の申立をしたところ、裁判長は合議の上右異議の申立を却下する旨の決定を宣し適用すべき法令の効力如何についても判斷を示すことなく事実審理に入ることは何等憲法に違反するものではないとの理由の要旨を告げた。右異議の却下決定に對して日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第一八條に基き特に抗告をなすに至ったものである。

按ずるに元来本件異議の申立についてはその對象である裁判長の訴訟指揮が存在したか否かの問題もあるが、これを論述するまでもなく裁判所が公判手續において事実審理に入るに先立って起訴状に記載された罪名の根據となる刑罰法令が効力を有するか否かといふことについて判斷を示すことを要する旨の刑事訴訟法の規定は存しないし、又憲法の規定若くはその全趣旨からもかかる要請があるものとは認められない。そしてこの理はその刑罰法令が本件で問題となった昭和二十三年政令第二百一號の場合であっても何等異るところはない。抗告人等の主張は全く獨自の見解であって理由のないものといわねばならない。從って、原裁判所の公判において裁判長が昭和二十三年政令第二百一號の有効無効の判斷を示すことなく事実審理に入ったことは何等刑事訴訟法及び憲法に違反するところはない。然らば右決定に於て異議申立却下の理由として適用すべき法令の効力如何について判斷を示すことなく事実審理に入ることは何等憲法に違反するものでないと判斷したのは憲法に抵觸するものではない。

仍て本件抗告は理由のないものと認め刑事訴訟法第四六六條第一項後段に從ひ主文の通り決定する。

本件に對する裁判官齋藤悠輔同沢田竹治郎の意見は次のとおりである。

刑訴第三四八條にいわゆる「裁判長の處分」とは裁判長の職権に属する個々の訴訟行為を指し、裁判所の為すべき決定又は判決を言うものではない。そして、所論異議の申立は、無罪の判決を求むべき事由を以て公訴棄却の事由なりとの見解の下にこれが決定を求めるものであって、かかる決定又は判決は、申立人等の拒否しようとする事実審理を行った後ち裁判所が職権を以て為すべき訴訟行為に属する。從って、申立人等の主張は、それ自體矛盾するのみならず、裁判長の處分に對する異議の申立として不適法なものである。されば、これを却下した原決定に對して抗告を為すことは、刑訴第四五七條の規定を俟つまでもなくその本質上當然これを為し得ないものといわねばならぬ。そして、刑訴應急措置法第一八條に「刑事訴訟法の規定により不服を申し立てることができない決定」とあるのは、かかる本質上當然為し得ない不服の申立に對する決定のごときものを言うものではないし、また、同條にいわゆる「処分」とは、法律、命令又は規則に準ずべき一般的効果を生ずる行政處分を指し、裁判その他司法裁判所の個々の訴訟行為を包含しないものと解するを相當とするから、本件特別抗告の申立は同條所定の適法要件を缺き不適法たるを免れない。

この決定は理由に關する少數意見の裁判官を除く他の裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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